リトルもりおか “ちいさなもりおか”を発信するメディア

インタビュー

「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビュー

 みなさんは「イワテライフ日記」というサイトをご存知でしょうか? 「岩手県盛岡市に住む或る男の日常と最近の町の様子」という紹介のもと、日常の雑感や何気ない日々の写真を載せているのですが、盛岡で生活したことがある方なら誰もが、「懐かしい!」「こういう風景あったな」と、ほっと心が温かくなる人気のサイトです。今回は、こちらのサイトの管理人であるまるとさんに、「イワテライフ日記」開設までの経緯や写真を撮るときの心構え、そして盛岡という街の魅力について、お話を聞いてみました。「スパー」「キャメルマート」「ロッキー」「ドラッグトマト」「デンコードー」などなど、ある時期を盛岡で過ごした人にはグッとくる写真を多く投稿している、ご自身のTwitterについてのお話もあります。


2001年ごろの岩山パークランド(まるとさん撮影)

 

サイト開設までの経緯

——まず、「イワテライフ日記」というサイトはいつから始まったのでしょうか? 
 日記自体は1999年に始めました。途中、転勤で中断はありましたが、2005年に戻ってきて、ブログの形式で再開しました。それから、なんだかんだで続いているので、最初の日記からは20年過ぎていますね。
 サイトのサブタイトルが「岩手県盛岡市に住む或る男の日常と最近の町の様子」というものなのですが、そのとおり、私の日々の暮らしと盛岡の町の様子を記録しています。基本的には、その日に自分が見聞きしたものを書いています。お店ができたとか、閉店したとか、道ができたとか、そういう類のことですね。そういった、街並みの変化という外形的なことから自分が思うことを書いています。なので、みなさんに親しまれるような美味しいお店の紹介とか、素敵な人とのふれあいとかの話は、あまり出てきません(笑)

——サイトを始めるきっかけというのは、何かあったんでしょうか? 
 日記を始めた1999年というのは、インターネットが普及し始めた頃で、まだダイヤルアップ接続でした。当時の私はインターネットの日記を読むのが好きで、自分でもやりたいとは思っていたんです。その時、仕事で簡単なHTMLを学ぶ機会があって、それをきっかけに実際に自分でもやってみようと思い始めました。
 いざ日記を始めるにあたり、どんなことを書こうかと考えました。最終的に、岩手の出来事をまとめたものにしようということになったのですが、当時は地元紙のサイトもニュースの数が少なく、そういった情報があまり無かったんですね。日記開設当初のサブタイトルは「現代版「雑書」を目指して」でした。「雑書」というのは、盛岡藩の家老が書いた日記で公的な記録らしく、いろんなことが書いてあるそうです。それを踏まえて、新聞やテレビで読んだり、見たりしたことを書いていました。

——たしかに、その頃はサイトの種類も限られていますよね。
 そして、そのうち読者の人と交流が始まります。その中で、出身だけど今は盛岡から離れている人からも「自分が住んでいた街の様子を知りたい」というメールをもらったりしました。「わかりました」ということで、実際その場所に行ってリポートすることを始めます。そうやって、町をあるいて、見たものを書くと言う基本スタイルができてきました。あと、この頃はデジカメも普及し始めた時期で、これもやはり大きかったですね。気軽に写真を撮れるというのは、革命的でした。

——私が「イワテライフ日記」やまるとさんのことを知ったのは、Twitterの発信からでした。こちらはどのような経緯で始められたのでしょうか?
 当初、Twitterは街の移り変わりを記録するメモがわりに使っていました。だいたい2017年の終わり頃から、今まで撮り溜めていたちょっと昔の写真を載せるようになりました。盛岡にいなかった時期(2002〜2005年)も、時々盛岡に来て写真を撮っていたので、これらも陽の目を見ることができるかなと思って。
 昔の写真は結構反応がありますね。これを載せるようになって、フォロワーはぐっと増えました。特に、シティ青山、ダイエー、盛岡南サティなどは「いいね」がぐっと増えます。あとは、コンビニの写真なども反響がありますね。それぞれの人がその写真に対する自分の思い出とかを書いているのを楽しく読ませてもらっています。


2003年ごろの盛岡南サティ(まるとさん撮影)


盛岡の変わったところ・変わっていないところ

——まるとさんは長く街を観察されてきたかと思うのですが、その中で感じる盛岡の変化などはあるでしょうか?
 まず、大きなトピックとしては、東日本大震災と新型コロナウイルス。この2つは挙げられるかと思います。直接盛岡の風景に影響したかどうかと言われるとわからないのですが、少なくとも私が街を見る気持ちは変わりました。
 それを前提として、盛岡の場合「イオン前/イオン後」というのは一つの時代の区切りではないでしょうか。ちゃんと分析したわけではないですが、前潟イオンと南イオンの二つができたことによって、それまでの大型商業施設は姿を消すことになったと思います。先ほど話にも出た盛岡南サティやシティ青山などは、象徴的だったと感じます。大通もイオンの進出から数年後くらいにじんわりと変わりはじめましたよね。物販店が本当になくなりました。でも、シャッター街にはならずに頑張っていると思います。
 ここ最近ということであれば、医大移転前/移転後でしょうか。まだ具体的に何がというものはありませんが、大きな病院と大学の移転というのは、街に何がしかの影響を与えるでしょうね。どうなるか注目しています。

——では、変わっていないのは、どういうところでしょうか。
 変わっていないところというのは、実は無いのかもしれません。街はどんな場所でも生き物で、どこかは変わっているからです。
 その上で、あえて言うならば、山や河ですね。岩手山も姫神山も北上川も、僕が生きている間はそんなに変わらないでしょう。強いなと思います。

——そのほか、まるとさんにとって個人的に印象に残っている盛岡のものや場所はありますか? 新しくできたものでも、無くなってしまったものでもよいのですが。
 場所として一番印象に残っているのは、加賀野四丁目にあった岩手高校の寄宿舎です(写真)。山賀橋のあたりですね。これは街歩きを始めてすぐのころに出会ったものです。古い平屋の住宅群の中を通って、その突き当たりで見つけたのですが、「ああ、こんな場所があるんだ」と。だとすればもっと盛岡を歩こう、と思った思い出の場所です。
 あとは、シティ青山です。日々の暮らしで買い物をしていたわけではないのですが、先ほども少し話したように、ダイエーが撤退した頃から街が大きく変わり始めて、色々と考えさせられました、当時の少しずつテナントが撤退していった様子には、現実の厳しさを感じましたね。最近でいうと、ななっくの時も同じことを感じました。いよいよシティ青山が解体されていると知ってからは、住んでいるところからは遠いですけど、定期的に解体の様子を見に行きました。


岩手高校寄宿舎(まるとさん撮影)


写真を撮る時に考えていること

——「イワテライフ日記」やTwitterでの発信の大きな特徴として、まるとさんが撮られている写真があるかと思います。本当に何気ない場所や物の写真に、絶妙に郷愁を誘われている人も多いかと思うのですが、まるとさんが写真を撮るにあたって、意識されていることなどあるでしょうか。
 そうですね。僕の場合、普段は昼休みに写真を撮っています。行き先はその日の気分次第ですね。基本は自転車ですが、本当は歩きがベストだと思っています。なぜなら、速度が遅ければ、その分足も止めやすいからです。スピードによって、見えてくるものは違ってきます。車だといいなと思っても、通り過ぎてしまいます。大事にしているのは、心の叫びです。「おっ」と思う時があるんですよね。心に引っかかる瞬間というか。それに反応するには、歩きのスピードがベストです。
 あと、もし街を記録することが好きな方がいるのであれば、僕からは次のことを伝えたいです。

  • 車を一緒に撮ると時代がにじむ(これは先人の教えです)
  • コンビニ、ドラッグストアは撮影しておく
  • 銀行の支店やATMは懐かしくなるはず。
  • なんでも真正面の画像は押さえておく
  • 貼紙・更地などは、つかの間の貴重な風景
  • 手書き文字はたぶんお宝

 まあでも、好きなようにするのが一番です。自分なりに、好きなように歩けばいいと思いますよ。


この飾り、覚えていますか?(まるとさん撮影)


「イワテライフ日記」管理人が考える、盛岡という街の魅力

——このサイトの読者には盛岡を離れた人も多いのですが、そんな人たちに思い出してもらいたい盛岡の風景はありますか?
 僕は、盛岡で生まれ育ったわけではないので、どこまでも客観的な感じは無くなりません。子供のころの記憶があったら、もっと見る視点は変わっていたことでしょう。だから、この街で生まれて、多感な頃を過ごした人たちを羨ましく思います。
 その上で、まず個人的な意見を言うと、多分僕が盛岡を離れたとしたら、思い出すのは日々の暮らしの場所でしょうね。南の大きな橋(南大橋)の上から見える岩手山とか。ここから見える岩手山は、程よく大きく、周辺の風景もあまり邪魔にならず、川から見える岩手山の中では一番好きです。晴れた日は元気をもらえるし、見えない日は「そうか……」と通り過ぎる。その日の気分はここで決まります。
 でも、そういう毎日の何気ない場所ってみんな持っているのだと思います。それを思い出してもらえればよいのではないでしょうか。こう言ってしまえばおしまいですが、好きな風景なんて人それぞれ。サイトやTwitterで何か紹介するときも、ネガティブなことは書かないようにしています。なぜなら、そこは誰かのお気に入りの場所だったりするからです。みなさん自分が大切に思っている場所があるはずなので、それを大事にしてあげてください。

——ありがとうございます。あらためて、まるとさんが考える盛岡という街の魅力はどんなところでしょうか?
 最近は出張の機会もなくて、他の街と比較する機会は少なくなりましたが、端的に言えば「中津川すごいよ。岩手山あってよかった」ですかね。市役所の裏に、最近まで人が泳いでいたような川があるのは、素直にすごいことだと思います。あと、盛岡に住み始めた頃に「周りに山がないと落ち着かない」と言われて、その時はピンと来ていませんでしたが、今ならある程度わかります。盛岡からは歴史上の偉人も多く出ていますが、あの山に精神的に支えられているということを考えれば、それも頷けます。まとめると、山と川と街がバランスよく配置されているのが魅力でしょうか。
 でも、これも多くの人が、心の中で大なり小なり魅力を感じている部分があると思います。時には、あまり謙遜せずに、よその街に住む人にそれを言えば良いのではないでしょうか。


盛岡から離れて住む人に

——最後に、サイトの今後についてお聞かせいただけますか?
 今のところ、止める理由もないので、ブログかTwitterはこの街からいなくならない限り、続けていこうかとは思っています。去年までは、街の小さな公園をテーマに歩いていたのですが、それもほぼ区切りを迎えたので、新しいテーマを探しています。
 現代はいろんな記録者がいる稀有な時代です。インスタ映えする綺麗な写真を撮る人はいっぱいいますので、僕は何気ない建物とか風景を淡々と記録しながら、静かに消えていければいいと思っています。
 あと先ほど、盛岡から離れて住む人にという話がありましたが、盛岡から離れて暮らしてみるのはいいことだと思います。今住んでいる街でいろんなことを吸収して、いつの日かその日々で得たものを盛岡に住んでいる誰かに還元してほしいと思います。その時期は明日かもしれないし、もっと歳を取ってからかもしれません。でも、その時はいつか来ますので、気負わず、今の日々を楽しんでください。
 僕はひっそりとイワテライフ日記を続けます。盛岡の街が恋しくなったら、検索してみてください。




 聞き手・ナカムラ コウタ

同じカテゴリの記事

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏
もりでり インタビュー 飲食店

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏littlemorioka
「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビュー
インタビュー

「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビュー

「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビューlittlemorioka
【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員
インタビュー

【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員

【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員littlemorioka
仙台・福岡・京都よりもスコアが上!? まちづくりのプロに聞く、「盛岡」という街の魅力度 LIFULL HOME’S総研所長・島原万丈さんインタビュー
インタビュー

仙台・福岡・京都よりもスコアが上!? まちづくりのプロに聞く、「盛岡」という街の魅力度 LIFULL HOME’S総研所長・島原万丈さんインタビュー

仙台・福岡・京都よりもスコアが上!? まちづくりのプロに聞く、「盛岡」という街の魅力度 LIFULL HOME’S総研所長・島原万丈さんインタビューlittlemorioka

キーワードで検索

月ごとの投稿