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インタビュー

【スポットライトモリオカン】「盛岡つながり」は法律の仕事にも力をくれる 弁護士・石川真也さん

盛岡を離れて活躍している方々にスポットライトを当て、盛岡との関わり方や盛岡愛をうかがい、さらに次のインタビュー対象者を紹介していただくリレー形式のインタビュー企画「スポットライトモリオカン」、第4回目をお送りします。
前回お話をうかがったボーカリストの佐々木実央さんのご紹介で、弁護士の石川真也さんにご登場いただきます。今回もオンラインでお話をうかがいました。

 

努力の積み重ねで目指そうとした弁護士の夢

――盛岡との関わりについて教えてください。
盛岡市東中野町の出身です。高校卒業まで盛岡で暮らしていました。高校卒業後は仙台市の東北大学法学部に進学し、卒業後は東京の中央大学法科大学院で学び、司法試験合格後は研修を経て仙台市の弁護士事務所に就職しました。現在は独立して千葉県市原市で一葉法律事務所を開業し、交通事故や相続を中心にお客様の相談に応じています。

――私と石川さんは高校で同級生だった友人同士で、前回登場の佐々木さんにご紹介いただいて久しぶりに再会しました。石川さんが弁護士になる夢を持っていたのは学生時代から知っていましたが、動機については聞いたことがありませんでした。なぜ弁護士になろうと考えたんですか?
かつて母親が勤めていた職場が合併し、それなりの数の退職者が発生したときに、当初は出るはずだった退職金が支給されなくなりそうになったことがありました。その解決のため弁護士に依頼すると、すぐに退職金が出ることになり、「弁護士はすごい。困っている人を助けられるんだ」と憧れて目指すようになりました。

動機をもうひとつ挙げるとすると、自分には芸術や運動の特別な才能がないと自覚していたからでしょうか。才能で勝負する人生は難しいと思っていました。
その代わり当時の私は、ある程度勉強ができて、勉強の努力もあまり苦にはなりませんでした。努力を積み重ねていった結果たどり着く職業として、子どものころの自分がイメージしたのが医者と弁護士でした。ルーティーンワークが嫌いだったため、弁護士ならそれぞれの案件ごとに異なる仕事に取り組めそうな印象もありました。

――高校時代からそこまで自己分析していたのはすごい(笑) そして大学進学を機に盛岡を離れるわけですね。
盛岡で過ごした高校までの時間は、夢のための勉強に集中するにはいい環境だったかもしれません。平日はテニス部の部活動と勉強をし、日曜日は大通りのカラオケ・シダックスに行ったりして、純粋に自分のために時間を使えました。いまほどネットも盛んではなかったし、盛岡は大都会ほど娯楽も多くはなかったので、気持ちを乱すノイズは少なかったですね。

大学からは弁護士になる夢の実現のため、最短ルートにできるよう進路を決めました。高校卒業後に東北大学法学部に進学したのは、将来的に弁護士を目指せそうだと考えたことと、「盛岡からいきなり東京に出るのは大変か」と思ったからです。そのときは特に盛岡に対して好き嫌いの気持ちはなく、純粋に夢のために地元を離れたんです。

大学卒業後は東京の中央大学法科大学院に進みました。2年間猛勉強し、卒業直後の5月に司法試験を受験。9月に合格の発表を受けました。
合格した年の12月くらいから研修が始まりました。裁判所、検察庁、弁護士事務所を回ります。私の場合、最初の埼玉県和光市の司法研修所で勉強し、各研修先を回りました。その後に試験を受けて、合格すると晴れて弁護士として働けるようになりました。研修期間はぜんぶで1年間くらいでした。
 

司法試験の勉強をしていたころの参考書

 

――司法試験というと、資格の中でもトップクラスに難しいものだと思います。たとえば試験前は1日にどれくらい勉強していたんでしょうか。
朝8時から夜中の0時まで勉強していました。土日もあまり休まず、起きている時間ほぼずっと勉強している状態です。大学院時代の2年間は寮に入っていたのですが、ここがテレビ禁止の寮でした。だからその2年間は世間の流行に全くついていけていませんでした。私が寮に入ったころに人気子役だった芦田愛菜さんの最初のブームが始まり、寮から出るころにはそのブームは終わって芦田さんもテレビからいったん姿を消していました。
当時ブレイクしていた芸人のスギちゃんのことも知らなかったため、大学院で知人から「きのう2時間しか寝てないぜ。ワイルドだろ~?」と言われても元ネタがあることすらわからず、ただ「この人、面白いことを言うな」と思っただけでした。そんな風に浮世離れしてしまうくらい、司法試験の勉強に没頭していたんです。勉強は大変でしたけど、大学院ではゼミに入ったりして、大変なりの面白さもありましたね。
 
 

身のまわりのトラブルの依頼を受ける「まちの弁護士」に

――研修終了後は仙台市の弁護士事務所に就職したんですよね。当時はどんなことをしていたんですか?
何でもやりました。交通事故や相続はもちろんのこと、労働事件、刑事事件、離婚や債務整理や企業からの相談などさまざまな分野の問題を解決してきました。さまざまな分野を担当したのは自分の意志です。将来は一般の方々を相手にする「まちの弁護士」をやりたいと考えていたので、最初のうちは幅広く仕事をして、重点的に取り組みたい分野が見つかったら分野を絞ろうという方針でした。私はあまり思想が強い方ではないので、自分に相談してくれた人のために働く弁護士になろうと。困っている依頼人の味方になろうと考えました。この事務所では2年半ほど働きました。

――何でもやってきた2年半の中で、専門にしたい分野は見つかりましたか?
まちの弁護士として活動する以上は、身のまわりのトラブル全般を解決できることは当然ですが、現在では交通事故と相続のご依頼を多くいただいています。まず交通事故は、被害者が法律の知識を知らないために損をしてしまうケースが多いと感じていたため、弁護士の立場として被害者が事故前の状態に戻る力になれたらという思いがありました。
相続は誰でも経験することですよね。でも相続の法律は一般的な感覚とは離れているところもあり、家族内でのもめ事がすごく起こりやすいんです。簡単に割り切れないことがとても多い。法律の専門家が間に入って、しっかり交通整理する必要があります。家族の中で声の大きい人の意見が優先されがちでもあるので、家族内で立場の弱い人の力になれることはやりがいがあります。 交通事故と相続は、日常的に誰もが生きていて経験しうるという共通点があります。ごく真っ当に生きていたとしても、巻き込まれる可能性があるんです。
 

千葉県市原市に開業した事務所の看板。「一葉」には小舟という意味があり、依頼人の新しい人生の船出の助けになりたいという願いが込められている

 

――千葉県市原市で開業したことにはどんな理由があるんでしょうか。
市原市には裁判所がないため裁判所に行くには不便ですが、市原周辺のお客様からすれば、弁護士事務所があれば相談しやすいだろうというのが理由のひとつです。
ちょっと話がそれますが、実は弁護士って職人芸で、体系的に整理されていない口伝の技術が大量にあります。しかし守秘義務もあり、広く共有するのは難しい。弁護士事務所内でコツコツと蓄積していくしかないのですが、弁護士業界はIT化がかなり遅れていることもあり、事務所内でも技術を共有できているところは少ないと思います。自分の事務所では、それを可能な限り言語化・体系化してマニュアル化し、共有できるようにしたかった。弁護士事務所に持ち込まれる事案は千差万別です。しかし共通する部分はある。それをマニュアル化することで、それぞれ異なる事案に丁寧に対応する時間をつくることができると考えたのです。そうすれば、質の高い弁護を安定して提供することにもつながります。

裁判も徐々にネットに対応し始めており、裁判所の近くに事務所を出す必要性が薄くなっています。裁判所の近くではなく市原市のようにお客さんがアクセスしやすい土地に事務所を構えつつ、将来的には複数の支店間でノウハウを共有・蓄積していければ、より質の高い弁護を世の中に広めることができます。
市原市は千葉市にも近く、住みやすかったことも理由です。盛岡市でいうイオンのような大型ショッピングモールもあります(笑)
 

事務所内の風景

 

――弁護士をやっていてやりがいを感じることはなんですか?
やはりお客様の力になれて、喜んでもらえたときが一番やりがいを感じる瞬間です。
仕事で忘れないようにしているのは、「お客様にとっての最終目標は何か」ということです。その人にとっての最終目標は、人生が豊かに幸せになることのはず。法律は目標をかなえる手段であって、裁判に勝ったからといってその人が幸せになるかといえば、必ずしもそうではありません。裁判は時間もお金もかかります。裁判で勝利したとしても、ひょっとしたら、その時間と労力を趣味などの自分の人生を豊かにする活動につぎ込んだ方が、結果的には幸せなこともあるかもしれません。お客様にとって、人生を幸せにするために法律が一番の近道になるようであれば、依頼を受けるようにしています。場合によっては裁判をしないことを勧めることもありますし、依頼をお断りすることもあります。ただサービスを提供するだけでなく、お客様の人生が幸せに豊かになるよう考えることを事務所の方針にしています。

先ほどお話ししたマニュアル化も、楽をしたいということではなく、1人1人のお客様の人生を考えてプラスアルファの手段を考える時間をつくるための効率化、という狙いです。

争いの当事者にもそれぞれの立場の正義があります。大学時代はどうしたら互いの正義を実現できるのかという疑問があり、法律に則ってその妥協点を見つけるのが弁護士の仕事と思っていました。現在では、正義とは個人の価値観とほぼイコールと捉えています。人生がどうすれば豊かになるかと考えると、その人の価値観に従ってどのようなプロセスで目的を実現するかが大事なのだと思います。だからこそ、お客様1人1人の価値観を大事にしようと思いながら日々仕事をしています。
 

 

「盛岡」という共通点で法律相談の依頼をするお客様も

――弁護士として忙しく過ごす中で、岩手や盛岡を思い出す瞬間はありますか?
私が法律顧問をさせていただいている会社の中にも、私が岩手・盛岡出身であることをきっかけとしてご依頼をいただいている会社がございます。仙台で働いていたときも、同じ高校出身の先輩方にとてもお世話になりました。現在も、私が盛岡出身だからという理由で仕事を依頼してくださるお客様もいます。
依頼では、弁護士が自分と同郷であることなどの個人的なつながりを重視するお客様も多いと感じます。同郷であれば共通する価値観があるだろうという期待があるのかもしれません。その意味では盛岡を離れているいまこそ、自分のなかに盛岡の存在があるのを実感します。初めて会う仕事相手との雑談でも、必ず出身地は質問されますし。
高校時代は盛岡に対して特別な感情はなかったのですが、いまは「盛岡って良かったんだな」と実感しています。盛岡から離れた土地で出身者と出会うと、「ああ、悪い人じゃないのかな」と思ったりします(笑) 冬の盛岡の澄み切った寒さや、盛岡なまりを懐かしく思い出します。

――石川さんにとって盛岡とはなんでしょうか。
人間は多面的な生き物だと思っています。私自身も弁護士としての自分をはじめ、さまざまな側面で構成されていますが、その土台になっているのが、盛岡で過ごした時間です。たとえ離れていても、盛岡は自分とつながっている存在だと感じています。

 

石川真也(まさや)さん
盛岡市東中野町出身。高校卒業後に東北大法学部、中央大学法科大学院を経て司法試験合格。片平法律事務所入所し、その後千葉県市原市で一葉法律事務所を開業。交通事故と相続を中心に民事事件全般の法律相談に応じている。
事務所ウェブサイト:https://www.hitoha-law.com/

 

聞き手:シュン

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