リトルもりおか “ちいさなもりおか”を発信するメディア

インタビュー 文化祭 盛岡市議会

【リトルもりおか文化祭ゲストインタビュー・3】誰もが自分だけの「やりたいこと」を持つ盛岡へ 市議会議員・加藤麻衣さん

 
2019年8月、盛岡市議会議員選挙で25歳(当時)の女性が初当選しました。盛岡市出身の加藤麻衣さん。初出馬・最年少ながら、第2位の得票数での当選でした。リトルもりおか文化祭・ゲスト紹介記事、締めくくりとなる第3弾は、その加藤さんへのインタビュー記事をお届けします。

加藤さんは自らが性的マイノリティ(レズビアン)である立場から、マイノリティの生きづらさを解消するための活動を展開。リトルもりおか文化祭では、市議会議員をはじめとするご自身の活動についてキーノートスピーチをしていただきます。 市議会という、若者も、女性も少ないであろう世界に飛び込んだ加藤さん。どんな動機で立候補を決意したのか、普段どんな活動をしているのか、若い女性議員から見た盛岡の現在地は……。ざっくばらんにお話をうかがいました。
 

初の市議会傍聴で覚えた違和感が立候補のきっかけに

去年(2019年)6月、盛岡市議会6月定例会の一般質問で、LGBTに関する質問が行われると耳にしました。面白そうだと思ったので、社会勉強も兼ねて1人で傍聴に行きました。それが人生初の議会傍聴で、「どんな感じなんだろう?」と全く想像もできないまま議場を訪れたところ、私としてはとてもショッキングな光景が広がっていました。
議場では、盛岡市当局の幹部と、市議会議員たちが向かい合うように座っていました。何がショッキングだったかというと、市の当局側も議員側もほぼ男性で、年齢も高かった。当局側の席には女性は1人もいませんでしたし、議員側も女性は数人。バランスがとても悪いなと感じました。

到着するのがちょっと遅かったらしく、LGBTの質問は既に終わっていたようでした。私の到着時に話し合われていたのは、部活動の強制入部の話題。議員の方の「強制じゃなくていいのではないか」という提案に、市の当局側は「部活動を強制じゃなくしたら生徒の居場所が無くなり、また新たな居場所を作らなければなくなる」と答弁していたんです。私はその答弁に違和感を覚えました。というのも、その数ヶ月前に高校生と話をする機会があって、「いかに高校生が忙しいか」を高校生自身が分厚い資料を作って、説明してくれたことがありました。それを思い出し、「市議会には当事者の声が届いていないんじゃないか」と思ったんです。

私が所属している会社は、週の初めに先週あったことを互いにシェアする時間を設けています。市議会を傍聴した次の週、そこで感じた問題意識を述べて「いつかあの場所に行き、私が当事者の声を届けたい」というようなことを話しました。そうしたら上司が乗り気になり(笑)、後押しすると言われたんですが、その時点では私もまだ本気ではありませんでした。

同じ週の金曜日に、前々からの予定がありニューヨークに行きました。現地で移動中に会社の社長から「選挙に出るかどうか、ニューヨークで決めてきて」とLINEが入ったんです(笑) 私はニューヨークを楽しむためにこの決断は先にしておこうと考え、「じゃあ出ます!」と答えちゃったんです。このときはとりあえずの回答だったのが、ニューヨーク滞在中にいろいろあって結果的に決意が固まります。

何をしにニューヨークへ行ったかというと、50周年を迎えるLGBTQ+のパレードに参加するためでした。歴史的な瞬間に立ち会いたいという思いでしたが、実はこのときが初の海外旅行だったんです。それまではLGBT当事者として、「日本で生きづらくなったら海外に行けばいいや」と思っていたんですが、実際に海外を訪れてみたら「やっぱり日本っていいな」と思ったんです。
 

ニューヨークでのパレード風景

 
というのも、ニューヨークはとても自分らしくいられる街だったんですが、けっこう臭かったんです。日本って衛生的にすごくきれいなんだと気付かされました。それに、食べ物もやっぱり日本の方が合っているなと。このとき「私が安全安心に暮らせるのは日本、いや盛岡だ。私は盛岡で暮らし続けたいんだ」となんとなくわかりました。そこで「海外に逃げ場がないなら、いま暮らしている盛岡を良くしていこう」という考えにシフトしました。それが選挙に出る後押しになりました。

――市議会傍聴にニューヨークへの旅に……いろいろなことが重なったんですね。
そうです。その重なったことの1つに、年齢のこともありました。2019年の8月18日から24日までが盛岡市議会の選挙期間で、25日が投票日でした。私の誕生日が8月7日で去年のその日で25歳になりました。選挙に立候補できる被選挙権が得られるのは25歳以上。ちょうど選挙直前のタイミングで立候補できるようになったんです。
 

議員として。マイノリティの権利回復、より良い盛岡のため活動

――実際に立候補するとなると、手続き1つとっても大変だったんじゃないですか?
本当に大変でした! 「私、よくやったな」と未だに思います。帰国後の7月上旬に会社の人たちに立候補の意志を伝えたので、準備期間は1ヶ月半ほどだったかと思います。選挙カーの手配や必要な書類を取りにいってもらったりするのは会社の人にお手伝いしてもらいましたが、選挙カーの看板や名刺、ビラ、ポスターなどは全部自分でデザインしました。けっこうギリギリまで、会社の仕事と並行して選挙準備を進めていました。

――ほかの候補者は年齢が高く、男性が多かったかと思います。そんな中に20代女性が新人候補として飛び込んでいって、選挙期間中はどんな様子だったんでしょうか。
「めっちゃ浮いているなぁ」とは思いました(笑) 初めての経験ですし、ほかの方の選挙運動もしっかり見たことはなかったので、「これでいいのかな?」と常に不安を感じていました。でも選挙期間の中盤からは、慣れてきたせいか演説中に足を止めてくれる人が増えたような気がします。

印象的だったのは、大通や開運橋通の周辺を選挙カーで走っているときに、偶然知り合いの学生さんがいて声をかけてくれたり、たくさんの若い人たちが手を振り返してくれたりしたことです。そのときは選挙カーに一緒に乗っていた人が、「(ディズニーランドの)エレクトリカルパレードみたい」と感想を話していたのを覚えています。
 

初めて立候補した盛岡市議会議員選挙期間中の様子

 
――盛岡市議会議員としての主な活動や、訴えている政策について教えてください。
自殺率の高さに問題意識を持っています。自死はさまざまな問題が背景となって起こります。その背景にある問題のうち、ジェンダーに関する問題にまず取り組んでいます。いまやっていることは、LGBTQ+の人たちや女性への差別を解消するための活動です。他にも若者をはじめ、さまざまなマイノリティの人たちの生きづらさを解消していきたいとも考えています。

現在、LGBTQ+の人たちの権利を回復する政策として、全国でパートナーシップ制度の導入が進んでいます。盛岡市でもこれを導入したいと訴えて活動しています。

市議会議員の日常的な活動としては、毎日いろんな立場の人に会っています。私と同じくパートナーシップ制度の導入を目指している東北各県の市議会議員とオンラインミーティングをしたり、盛岡でダンサーをしている人と芸術振興について意見交換したり、地域おこし協力隊の定例ミーティングに参加したり……。演劇の稽古など、市民活動を見学することもあります。盛岡市民はもちろん、県内外、ときには世界中の人とコミュニケーションしながら、盛岡を良くするためのアイディアを練っています。

――盛岡市議会の議員として1年以上活動してみた率直な感想を聞かせてください。
議員になる前は、議員の世界はお互いヤジを飛ばし合ったりするイメージがありました。実際に自分が議会に入ってみると、(政治的な主張の違いはあれども)議員さんたちはおおむね仲が良く安心しました。私はほかの方々からすると、子や孫の世代にあたるらしく、良くも悪くもかわいがってもらっているなと思います。
年齢を重ねてから議員になるのと、いまこの若さで議員になるのでは、いまの方が圧倒的に間違いやすいんだろうな、と感じます。間違っても教えてもらいやすいと言いますか。意外かもしれませんが、若ければ若いほど活動しやすいという面があります。これは議員を目指す若い世代にも知ってほしいです。
 

議員活動として学生と遠野市へ視察に行った時の様子

 
――加藤さんの目から見て、現在の盛岡はどんな街ですか?
この質問を頂いたときに頭にふっと浮かんだのが、盛岡市の関係人口を考える官民プロジェクト『盛岡という星で』のイメージでした。議員になり多くの人と交流する中で、盛岡には本当にいろんな人がいるなとわかりました。ただ、たくさんの人がいるんだけれども、全員にはもちろん出会えなくて……。

盛岡という街にはたくさん惑星が浮かんでいて、惑星ごとにいろんな立場の人が暮らしている。たとえば地域づくりに熱心な人たちの惑星もあれば、演劇をやっている人たちの惑星だったり、映画の好きな人たちの惑星もある。それぞれの惑星はユニークなんですが、惑星同士の交流が無い場合もある。それはちょっと寂しい気がします。惑星から出にくかったり、ほかの惑星の存在を知らなかったり。それはある意味、課題かもしれません。交流の無い惑星同士がつながったら、どんな化学反応が起こるんだろうと純粋に楽しみに思います。
惑星同士の行き来も、もう少し見えやすくなったら、もっといいですね。「こんな惑星がある、こんな活動をしている人たちがいる」ということを知る機会も、もっと増やせればいいと思います。
 

「死ぬまでにやりたいこと」を答えられますか?

――いまの話と関わりますが、加藤さんにとって「盛岡がもっとこんな風になればいいのに」、あるいは「盛岡をこんな風にしていきたい」という想いはありますか?
惑星の話になぞらえると「惑星同士の行き来が自由にできるといい」ということなんですが、行きたい場所や交流したい相手が明確だというのは、言い換えると「1人1人が、自分のやりたいことが明確である状態」だと思います。「こんなことがやりたい」「将来こういう風に暮らしたい」「こんな自分になっていたい」というものがないと、いまの場所から移動しようとはなかなか思わないんじゃないでしょうか。1人1人が、何でもいいから「これをやりたい」というものを持っている盛岡になってほしいです。

私は『BUCKETLIST PROJECT』という「死ぬまでにやりたいことを実現する活動」をやっています。その一環として、盛岡市民との会話の中で「死ぬまでにやりたいことはありますか?」と質問することがあるのですが、すぐに答えられる人は多くありません。そんな質問をされる機会は日常ではまず無いと思うので、当たり前ではありますが……。 ただ、その質問に即答できる人がたくさんいる盛岡になっていったら、いまよりも活き活きした街になるような気がします。そんな街になってほしいし、議員の立場から街がそのように変わっていく後押しをしたいです。
 

若い世代と交流し、意見を聞く機会も多い

 
――その質問に即答できるような人を多くするために、現状の盛岡では何が障害になっているのでしょうか。
やりたいことを語る場が無いことが最初の障害でしょうか。そういう場を作れば、皆さんやりたいことが出てくるんじゃないかと思います。この時代、夢を持つことや夢を語ることが恥ずかしいというか、人の目を気にしてしまう人が多いのかもしれません。ほかにも「他人と比べて自分の夢は小さい」という見方をしてしまったりだとか。他者と比較したりされたりすることも障害だと思います。

やりたいことを質問して答えてもらっても、その答えが似ていることも多く、それもショックだったりします。「これをやりたい」と何かを思い浮かべたときに、それがみんな似ているというのはどういうことなんだろうと考えると、けっこう深刻な事態なんじゃないかと思っています。

本来であれば多種多様であっていいし、そうあるべきなのに似てしまうということは、多様性が見えにくいからかもしれません。みんな一緒のものを見て、一緒のことを考えているということなのでしょうか。その人が本心からやりたいことではなく、世の中の大多数の意見に引きずられてしまっているケースもあるんじゃないかと思います。
――みんなのやりたいことが似ているという点に気付いたのは、『BUCKETLIST PROJECT』で多くの人に問いかけてきたからこそだと思います。この現状を裏返したのが、加藤さんが実現したい「1人1人が、自分のやりたいことが明確である状態」ということですね。多様な社会にもつながっていくのだと思います。

――議員の立場などとは関係なく、加藤さんが盛岡で好きなところはありますか?
岩手山です。いまも大好きですが、「岩手山めっちゃ好き!」という時期がありました(笑)大学の4年間は高松にあるレンタルビデオ店でアルバイトしていたんですが、ある年の年末、夕方にお店に向かって自転車をこいでいると、岩手山めがけて走っている状態になったんですね。そのときの岩手山はピンクグレープフルーツ色をしていて、それが本当にきれいでした。アルバイトをさぼって、そのままずっと岩手山に向かって走り続けたいくらいでした。それ以来その色の岩手山は見られていませんが、コントラストのはっきりした岩手山も、曖昧な感じの岩手山も、いろんな岩手山を見ることができる盛岡が好きです。特に明治橋から見た岩手山が好きですね。
 

加藤さんがお好きだというじゃじゃ麺

 

県外のモリオカンへ。外側から盛岡を見守り続けてほしい

――リトルもりおかは、首都圏に暮らす盛岡ゆかりの20~30代のコミュニティで、関わるメンバーを「モリオカン」と呼んでいます。盛岡に実際に暮らしてさまざまな活動をする立場から、何か期待することはありますか?
どんな形でもいいし、どんな熱量でもいいので、盛岡に関心を持ち続けてもらいたいです。関心を持つ・関わるではなく、「関心を持ち続ける・関わり続ける」という継続性が大事だと思っています。それは必ずしも、最終的に盛岡に移住定住してほしいというわけでもなく……表現が難しいんですが、「盛岡を外から見守り続けてほしい」んです。

私は「盛岡を外から見守る人」が必要だと思っています。ちょっと脱線しますが、とあるマンガに「みんなから忘れられてしまった神様は消えてしまう」という設定があります。そんな風に盛岡が消えてしまわないように、盛岡の存在を外側から誰かに意識し続けてほしいんです。もちろんマンガのようなことは現実にはありえませんが、継続的に見守ってくれている人がたくさんいれば、絶対に消えない盛岡になるんじゃないかと思います。

人間の場合、自分というものが形作られるのは、他者という存在がいるからこそです。それの盛岡版のようなイメージで、外部から盛岡を想ってくれる人たちがいるからこそ、盛岡の輪郭が生まれるんじゃないかなと思います。現実的な話をすれば、このまま人口減少が進んだら、合併などにより盛岡市が消えてしまう可能性も、遠い未来ではあるかもしれません。そうならないために、盛岡の良さを知っている外部の人たちに盛岡を見守ってほしいんです。
 

 
――12月12日のリトルもりおか文化祭では、キーノートスピーチに登壇していただきます。参加者に向けてひとことメッセージをお願いします。
「死ぬまでにやりたいことリスト」を作ったことがない方に、ぜひ聞いていただきたいです。当日の私の話が、リストを作るきっかけになったらいいなと思います。

――当日のお話、楽しみにしています! 貴重なお話、ありがとうございました!


加藤さんのキーノートスピーチが聞ける!
リトルもりおか文化祭〜異彩、多彩、断然、盛岡。〜のオンラインチケットは下記URLよりお申し込みください。 
URL:https://moriokabunkasai.peatix.com/

画像提供:加藤麻衣さん
聞き手:シュン

合わせて読みたい!
盛岡を想うイベント「リトルもりおか文化祭〜異彩、多彩、断然、盛岡。」〜 12月12日(土)オンラインで開催!
【リトルもりおか文化祭ゲストインタビュー・1】盛岡の食卓に多様なビールの選択肢を ベアレン醸造所・嶌田洋一さん
【リトルもりおか文化祭ゲストインタビュー・2】盛岡から、“異彩を、放て。”  ヘラルボニー・松田文登さん

同じカテゴリの記事

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏
もりでり インタビュー 飲食店

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏

「盛岡をもっと盛り上げたい」「盛岡の飲食店に恩返しを」…コロナ禍の東京から盛岡へ。デリバリー・テイクアウト情報を発信する「もりでり」誕生の舞台裏littlemorioka
「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビュー
インタビュー

「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビュー

「小さなもりおかのかけら」を探して 盛岡の日常を静かに記録する「イワテライフ日記」管理人まるとさんインタビューlittlemorioka
【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員
インタビュー

【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員

【スポットライトモリオカン】盛岡での学生時代が今の自分の土台に 千葉伊織さん・和ルミネーション実行委員littlemorioka

キーワードで検索

月ごとの投稿